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静岡地方裁判所 昭和45年(ワ)441号 判決

原告

榛葉登

右訴訟代理人

小林達美

外四名

被告

財団法人真和会

右代表者

大橋和孝

右訴訟代理人

鈴木紀男

主文

被告は原告に対し金一、四六四万八、一一五円および内金一、一七九万八、〇〇〇円に対する昭和四五年一二月一六日から、残金二八五万〇、一一五円に対する昭和四九年三月一二日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は金一、〇〇〇万円の限度において仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告

被告は原告に対し金一、八九四万三、六〇〇円および内金一、一七九万八、〇〇〇円に対する昭和四五年一二月一六日から、残金七一四万五、六〇〇円に対する昭和四九年三月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  原告の請求原因

一  当事者

(一)  原告は昭和四一年三月静岡県立掛川東高等学校を卒業し、昭和四二年三月名工建設株式会社に勤務し、主として新幹線の保線工事に従事していたものである。

(二)  被告は大橋病院の名の下に医療を目的とする財団法人である。

二  原告が被告病院に入院するまでの経緯

原告は昭和四二年一二月九月午前三時三〇分頃訴外平野勝広の運転する大型貨物自動車に同乗していたが、右自動車が京都府下の国道一号線上において停車中の大型貨物自動車に追突した際、その衝撃で左大腿部骨折等の負傷をし、直ちに被告病院に入院した。

三  原告が被告病院で受けた手術

原告は昭和四二年一二月一二日被告と右骨折部にキュンチャー釘を挿入する手術をする合意をし、同日被告の雇用する医師石居志郎は原告の左大腿部を切開し、大腿骨にキュンチャー釘を挿入する手術を行つた。

四  右手術に際し、医師の守るべき注意義務とその懈怠等

(一)  かかる手術の際手術用具等に付着する細菌が骨の内外部に入り、骨髄炎をおこす虞があるから、手術にあたる医師は手術用具、前記釘などの消毒に万全を期し、また切開した体内に手術に用いたものなどを置き忘れないように注意する義務がある。

(二)  しかるに石居医師は前記手術にあたり右注意義務に違反し、消毒措置を不完全にし、かつ、原告の切開された大腿骨々折部に小指の爪大のゴム手袋片(検甲第一号証)を残したまま術創を縫合してしまつた。

(三)  右手袋片は右手術に使われた手袋の一片ではなく、いずれかの手術用手袋から分離したものであつて、未消毒のものであつた。

(四)  右キュンチャー釘なるものは、骨の中に挿入し易くするため、先はとがり、またこれを抜き易くするため後部に穴をあけ、これを抜くときは右穴の部分に鉤のある抜釘器をとりつけて抜くことになつているため、大腿骨内に右釘を挿入するには、とがつた方を先に、穴のある部分を後にすべきものであるにもかわらず、石居医師は前記手術に際し右釘をさかさまに、すなわち穴のある部分を先に、とがつた方を後に原告の大腿骨内に挿入した。

五  医師石居志郎の前記四の(二)の過失による骨髄炎の発生

(一)  原告は医師石居志部の前記四の(二)の過失により原告の骨折部にブドウ球菌が侵入し、骨髄炎をおこしたものであるが、右ゴム片の体内残置と骨髄炎罹患を発見した経緯は次のとおりである。

(二)  原告はその都合により昭和四二年一二月二二日掛川市立総合病院(以下、掛川病院という。)に転院したが、同病院において同年四月中旬になつても、原告の骨折部の仮骨形成が悪く、レントゲンによる検査の結果、軽い骨膜炎の疑がもたれたので、同月二五日骨折部の中の状態を見て骨移植を検討するため、原告の骨折部を切開する手術が行われた。

その際掛川病院医師金子孝が被告病院における手術創に一致して大髄部の中央外側から切開し、筋肉を分けて大腿骨々折部を直視したところ、骨折部周囲に汚れた黒味がかつた膿とその膿の中に前記ゴムの小片(検甲第一号証)があることが認あられた。

その膿について細菌感受性試験をしたところ、骨髄炎の病原菌となるブドウ球菌が発見された。

よつて、金子医師はその頃骨髄炎の診断をした。

六  骨髄炎治療のための措置

そこで原告は骨髄炎の治療をせざるを得なくなつたわけであるが、一旦骨髄炎に罹ると、その病原菌を完全に除去することが非常にむずかしく、偽関節を形成し易く、手術を頻繁にしなければならなくなるのが通常であるが、原告の場合もそうであつて、骨髄炎治療のため次のような手術を受けざるを得なかつた。

すなわち、掛川病院において

(1)  昭和四三年五月一三日

持続点滴灌流の手術(術部にパイプを入れ、膿をとり薬液を送るための手術)

(2)  同年八月一九日

キュンチャー釘挿入、骨移植の手術

(3)  同年九月二七日

化膿部にパイプを入れて膿をとり出す手術

静岡済生会病院(同年一一月五日転院)において

(4)  同年一一月二九日

キュンチャー釘を抜く手術

(5)  昭和四四年二月二八日

病巣廓清手術

(6)  同年六月二三日

切開による膿をとる手術

厚生年金湯河原整形外科病院(同年七月一一日転院)において

(7)  同年一〇月二七日

前同様の手術

(8)  同年一二月二五日

骨折部を固定するプレートを大腿骨々折部に挿入する手術

(9)  昭和四六年五月二〇日頃

右プレートをとる手術

なお、原告は昭和四五年八月一八日厚生年金湯河原整形外科病院を退院したが、昭和四六年五月三〇日まで同病院に通院し、そのかたわら同年四月二七日まで掛川病院にも通院した。

七  被告医師の過失による原告の損害

(一)  原告は以上の長期間に右のように多数回の手術を受けざるを得なかつたのであるが、右手術のたびに大腿骨の断端の悪い部分をとるため、左下肢が約7.5センチメートル短縮を来たした外、度重なる左大腿部切開手術のため同部の筋肉が癒着し、左膝の屈曲が約二五度くらいしかできなくなつた。

以上のとおり、原告には本件骨髄炎が原因で労基法別表第一身体障害等級第四級該当の後遺症(左下肢短縮と左膝屈曲障害)が存在するに至つた。

(二)  (休業による損害)

原告の前記交通事故により蒙つた大腿骨々折等は本来ならば六ケ月以内に完全に治り、従来の労働にも従事できる筈であつた。

しかるに原告は被告病院の医師の過失によつて発生した骨髄炎のため、前記のとおり長期の入、通院を余儀なくされ、結局昭和四六年四月末日まで完全に休業するに至つた。

従つて、少なくとも昭和四三年七月一日以後の休業は本件骨髄炎に起因するものというべきである。

原告は本件事故当時勤務していた名工建設株式会社から少なくとも月に二〇日以上稼動して一か月金三万五、〇〇〇円の収入を得ていた(その余の日は家事の農業を手伝つたり、知人の運送業を手伝つたりしていたので、実際の月の収入は明らかに三万五、〇〇〇円を越えていたのである。)。

よつて、休業を余儀なくされた昭和四三年七月一日から昭和四六年四月未日までの三四ケ月間の休業による経済的損失は月三万五、〇〇〇円として合計一一九万円に達する。

(三)  (労働能力五割喪失による損害)

原告は前記のような身体障害等級第四級に該当する後遺症があるため、足を迅速に動かす仕事や立ち続ける仕事はできなくなつたから、原告は少なくとも労働能力の五割を喪失したものというべきである。

すなわち、原告は普通高校夜間部を苦学しながら卒業したが、格別特殊技能を有するわけでなく、前記名工建設株式会社勤務時代はいわば建設現場の土工のような仕事をしていたのであるから、前記後遺症により、原告はびつことなり、その上膝の機能に重大な障害を生じたから、今後は従前の土工その他これに類する職業に就くことは不可能となり、農業に従事することも困難となつた。

よつて、前記後遺症は原告の労働の上で重大な障害となり、少なくとも労働能力の五割を失つたものと見るべきである。

(1) (昭和四六年五月一日から昭和四九年二月末日までの損害計算)

原告は昭和四六年五月から実家の飲食店の手伝をするようになつたが、前記のような身体の状況のため手伝うといつても一日のうち数時間、断片的にしかも補助的な雑務をする程度で小遣い銭を貰うに過ぎない状態にある。

従つて、原告の昭和四六年五月一日から昭和四九年二月末日までの間における労働能力五割喪失による損害を昭和四二年の月三万五、〇〇〇円という低い収入を基準として算定すると合計金五九万五、〇〇〇円となる。

(2) (昭和四九年三月以降の損害計算)

原告が前記名工建設株式会社に引き続き勤務していたとすると昭和四九年三月以降少なくとも毎月金一〇万円(在職中の実績から見て、月少なくとも二〇日間就労するものとして計算した。)、年収金一二〇万円を得ていた筈である。

そして原告は昭和四九年三月一日現在満二六才であり、二六才の男子の就労可能年数は三七年(ホフマン式計算による係数20.625)であるから、原告の昭和四九年三月以降の労働能力五割喪失による損害を現価に算定すると合計金一、二三七万五、〇〇〇円となる。

(四)  (治療費)

原告は本件骨髄炎治療のため合計金四八万三、六〇〇円の支出をした。

その明細は次のとおりである。

(1) 静岡済生会病院に対し昭和四三年一一月五日から昭和四四年七月一〇日までの入院費その他の治療費として合計金二三万四、七〇〇円を支払つた

(2) 厚生年金湯河原整形外科病院に対し昭和四四年七月一一日から昭和四六年五月三〇日までの入院費その他の治療費として合計金二四万円を支払つた。

(3) 掛川病院に対し昭和四五年八月二〇日から昭和四六年四月二七日までの治療費として金八、九〇〇円を支払つた。

(五)  (慰藉料)

原告は前記交通事故に遭つたが、元来高校時代から柔道できたえた健康体であつたので、本来ならば半年の療養で元の健康体に復し元気に労働に従事できる筈であつたところ、被告病院の医師の過失により昭和四五年八月一八日まで原告の青春時代にとつて極めて貴重な二年余(被告病院の医師の過失がなければ昭和四三年六月末日退院できたものとして計算)の長期にわたる余計な入院生活を余儀なくされ、その間前記のような多数回にわたる左大腿骨々折部の手術を受けざるを得なかつた。

しかも骨髄炎は難病であつて、一旦繁殖した菌の除去は困難といわれているので、原告は何時再発するかわからない不安な状況に置かれている。

更に原告は前記のとおり極度のびつことなり、また左膝の関筋の屈曲も不自由となり、便所でも難儀な身体となつてしまつて最早回復の望もない状態にある。

以上による原告の精神的苦痛は金三〇〇万の支払をもつて慰藉さるべきものである。

(六)  (弁護士費用)

原告は被告に対し示談の申入れをしたが拒否されたため、訴訟を起さざるを得なくなつたが、本件のような医事の紛争については、原告は弁護士に訴訟を委任する外ないので、原告の負担した弁護士費用もまた被告医師の過失による損害である。

原告は本件訴訟の担当弁護士に着手金として金三〇万円を支払つた外、訴訟終了後の報酬として日本弁護士連合会報酬規定の範囲内である金一〇〇万円の支払を約束している。

(七)  (総計)

以上の損害額を合計すると、金一、八九四万三、六〇〇円となる。

八  被告の責任

医師石居志郎は被告病院の被用者として、原告に対する前記手術を行い、これにつき前記の過失があつたため、原告に前記の損害を与えたものであるから、被告は使用者として原告の損害につき賠償の責に任ずべきものである。

九  むすび

よつて、原告は被告に対し金一、八九四万三、六〇〇円および内金一、一七九万八、〇〇〇円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年一二月一六日から、残金七一四万五、六〇〇円に対する請求拡張をした訴変更申出書送達の翌日である昭和四九年三月一二日から完済まで年五分の割合による遅延利息の支出を求める。

第三  原因事実に対する被告の認否及び主張

一  認否

(一)  請求原因一当事者中(一)(原告関係)は不知、(二)(被告関係)は認める。

(二)  請求原因二原告が被告病院に入院するまでの経緯中原告がその主張の日左大腿部骨折のため被告病院に入院したことは認める。その余は知らない。

(三)  請求原因三原告が被告病院で受けた手術はすべて認める。

(四)  請求原因四右手術に際し医師の守るべき注意義務とその懈怠等の(一)(注意義務)につき、医師が前記手術に際し、原告主張のように骨髄炎を発生しないように注意する義務があることは認める。

右(二)(消毒不完全、手袋片の体内残留)は否認する。

右(三)(体内残留の手袋片は本件手術に使用された手袋の一片でない。)につき被告病院において原告の手術に使用された手術用手袋を手術後点検したが、何ら異状がなかつた。

右(四)(キュンチャー釘を逆に挿入)は争う。

(五)  請求原因五医師石居志郎の過失による骨髄炎の発生につき、石居志郎の過失により原告が骨髄炎にかかつたことは否認する。原告が掛川病院に転院したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(六)  請求原因六骨髄炎治療のためとらざるを得なかつた措置につき、すべて知らない。

(七)  請求原因七被告医師の過失による原告の損害につき、すべて知らない。

二  被告の主張

昭和四二年一二月一二日に行なわれた被告病院における原告の手術の経過は全く良好であつた。

ところが年末であつたため原告は手術後僅か一週間くらい経過した頃郷里の病院に転院したいと申し出てた。

被告病院において、手術直後に体を動かすことは傷に大きく影響するからとして、これを拒んだが、原告が再三再四強要するので止むを得ずこれを許可し、原告は同年一二月二二日退院したものである。

元来骨髄炎は、手術の不手際や消毒の不備もその発生原因の一つではあるが、その他患者の体質(化膿し易い体)や体調(過労や他に病気を持つている場合)や更に手術後患部を動かしたりしたこともその発生原因となるものである。

第四  証拠関係〈省略〉

理由

一原告の交通事故による負傷と被告病院への入院及手術

〈証拠〉によると、原告は昭和四二年一二月九日京都府下において同乗中の自動車が追突した際、左大腿骨々折(非開放性)、左手挫創、顔面挫創の負傷をしたことが認められ、同日原告が大橋病院の名の下に医療を目的とする財団法人である被告病院に入院し、同月一二日被告と右骨折部にキュンチャー釘を挿入する手術をする合意をし、同日被告の使用する医師石居志郎が原告の左大腿部を切開し、大腿骨にキェンチャー釘を挿入する手術を行つたことは当事者間に争いがない。

二原告の骨髄炎罹患と手術部における異物残留の発見

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和四四年一二月二二日掛川病院に転院した(この転院の事実は当事者間に争いがない。)が、同病院医師金子孝は原告につきレントゲン検査をしたところ昭和四三年二月六日頃から原告の左大腿骨に軽い骨膜炎を起こしているのではないかと疑われる異状所見があり、その後も原告の骨折部における仮骨形成が悪いと判断していたが、同年四月二二日レントゲン透視をしたところ、骨折部でまだ骨が動くところから大腿骨偽関節、仮関節の診断をし、原告の手術部を切開して中の状態を見て、もし骨の形成が悪ければ骨移植をするため原告の左大腿部を切開することとしたこと。

(二)  右金子医師は同年四月二五日原告の左大腿部中央外側の被告病院における手術創に沿つて切開し、筋肉を分けて大腿骨々折部を直視化し肉眼で見たところ、骨折部の中心の上下に「思わず、わつとため息の出るような汚ないというか汚染されたというか黒味がかつた膿」を認め、同時にその膿の中にゴムの小片と思われる異物(検甲第一号証、最も長い箇所で長さ約1.5センチメートル、幅約一センチメートルの楕円形をなすもの)を発見したこと。

(三)  そこで同医師は異物をとり除き、膿を掻爬したが、更に同所を無菌的にするには、被告病院で挿入したキュンチャー釘を抜かざるを得ないと判断してこれを抜き(この除去に際し、被告病院においてキュンチャー釘をさかさまに挿入したので―この詳細は、原告の請求原因四の(四)のとおり―原告の大腿骨に挿入されたキュンチャー釘に抜釘器を引きかける穴がその刺入点にないため、その除去に一時間以上を要し、またそのために相当量の出血を見た。)、骨折部の上下(骨折端)を綺麗にして生理的食塩水で洗い、中へカナマイシンを入れて手術を終つたこと。

(四)  その時原告の骨折部から採取された膿を検査したところ、骨髄炎の原因としては頻度の高いブドウ球菌が発見されたこと。

(五)  そこで金子医師はその頃骨髄炎の診断を下したこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三原告の骨髄炎罹患の原因

右認定のとおり、原告は遅くとも昭和四三年四月二五日にはすでに骨髄炎に罹患していたのであるから、その原因は右以前の時点に求めるべきは当然である。

右の原因を判断するについて次の諸点が注目される。

(一)  前認定のとおり被告病院において原告が手術を受けた部位で、しかも骨髄炎が発生していた個所に膿と共に前記異物(検甲第一号証)があつたこと、従つてまた右異物は被告病院における手術の際残留されたものと見る外ないこと。

(二)  前認定のとおり、右膿から骨髄炎の原因としては頻度の高いブドウ球菌が発見されたこと。

(三)  鑑定人太田伸一郎の鑑定の結果によると、右異物は手術用ゴム手袋の一部であること。

(四)  被告の主張によれば、被告病院において原告の手術に使用した手術用手袋等を事後に点検したが、何ら異状がなかつたということであるし、証人石居志郎の証言によれば、同人は右手術に使用した手袋などについて手術前と手術後に特に変わつたことがあつたとは聞いていないことが認められるので、これらの事情から見ると、右異物(検甲第一号証)は被告病院において原告の手術のため使用するものとして消毒された手袋の一部でない虞があること。

(五)  〈証拠〉を資料にして、原告の骨髄炎発病の時期は昭和四三年一月初旬頃から二月早々であろうと推認し、骨髄炎をおこす原因は、(イ)血行感染、(ロ)隣接化膿巣よりの伝播、(ハ)創による直接感染があるが、原告の病状には右(イ)、(ロ)の事由によるものとすれば必ずしも十分説明できないものがあり、結局(ハ)の原因によるものと見るのが原告の病状の経過に最も適応するので、原告の骨髄炎罹患の原因は、被告病院の手術の際異物(検甲第一号証)に菌が付着して挿入されたか或いは右異物以外に菌がついていて直接感染したかの何れかによるものと考えるのが妥当としていること。

(六)  右鑑定人太田伸一郎の鑑定の結果は、前記二及び三の(一)、(二)、(四)の諸事実と最もよく調和すること。

以上の諸事実から見ると、原告が骨髄炎に罹患したのは、被告病院において昭和四二年一二月一二日手術を受けた際術部にブドウ球菌が侵入したためと認めるのが相当である。

この点について、鑑定人宇山理雄の鑑定結果は、被告病院の手術の際における細菌汚染による骨髄炎発生の可能性を否定してはいないが、その論旨は掛川病院における昭和四三年四月二五日の手術は、一般には三〇分くらいで終る程度のものであるにもかかわらず二時間以上を要し、かつ、出血量三七〇五CCに及んだことに着目して「化膿巣が存在したとすれば、できるだけ手術侵襲を少くして炎傷が健康組織に波及するのを防ぐことに努力するのが常識であり、二時間余の手術に三七〇五CCもの出血を来す手術を行うことはあり得ないと思う。一般に骨の手術に長時間をかけることは感染を誘発する大きな因子となるものである。」としてどちらかといえば掛川病院における昭和四三年四月二五日の手術に疑惑をもつておられるが、同鑑定人が鑑定をした本件訴訟の進行段階では、まだ被告病院においてキュンチャー釘をさかさまに挿入したため掛川病院では右四月二五日の手術に際し、その除去に異常な長時間を要した事実が判明していなかつたため、同鑑定人の鑑定意見は右事実を知らないでなされたことを考慮しなければならないし、また当裁判所は前認定のとおり、原告は遅くとも昭和四三年四月二五日には既に骨髄炎にかかつていたと認めるものであるから、その原因は、それ以前の時点に求めるべきものと判断するので、鑑定人宇山理雄の鑑定の結果中右の部分は原告の骨髄炎罹患の原因としては採用できないし、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

四骨髄炎罹患に関する被告の主張について

被告は、原告が退院を強要したので、昭和四二年一二月二二日退院を許可したが、このように手術後一〇日くらいで身体を動かしたことも骨髄炎発生の原因となり得ると主張する。

しかし〈証拠〉によれば、原告は被告の医師の許可を得て、足に板を当てて包帯を巻き固定して貰つた上、後部のあく自動車に寝たまま京都から九時間かけてゆつくりと掛川まで帰つて来たことが認められるから、被告の医師が帰郷を許可するに際し予想した以上に原告の身体が動いたものといえないと認めるのが通常であるので、原告の早期転院が原告の骨髄炎発生の原因となつたものと認めることはできない。

従つて、被告の右主張は原告の骨髄炎罹患の原因に関する前記認定を動かすに足りるものではない。

五原告の骨髄炎罹患につき、被告の医師側に過失の有無

前認定のとおり、原告が骨髄炎に罹患したのは、被告病院において昭和四二年一二月一二日手術を受けた際ブドウ球菌が侵入したことによるものであるが、右侵入が被告病院の医師側の過失によるものかどうかは更に検討を要する問題である。

鑑定人太田伸一郎の鑑定書中で援用されている宮城成圭教授ら著「骨折と化膿」と題する論文によれば、「四肢皮下骨折に対する骨接合術では1.9%に、開放骨折では約一七%に化膿性骨髄炎を惹起した。これらの症例と共に既に化膿して入院した症例を含め一四二化膿骨折を治療したが、発生原因は医原性のものが多い。而も一旦化膿したものの治療は平均三回の手術を要し、従つて入院期間、機能障害などの面よりしても患者を苦しめることが多い。骨接合術の方法、骨折の処置などは近来非常に進歩はしたけれども、骨折の観血的治療はとくに慎重な適応と細心の注意下に行ない、化膿を未然に防止することが臨床医家の責務であることを強調する。」とあることから見ると、前記のような手術に当つては、これに当る医師は化膿を未然に防止するよう細心の注意を払うべき義務のあることは明白である。

ところで前認定のとおり、被告病院における手術に際しては、手術に供せられた手術用手袋の一部でないゴム手袋の一片が原告の手術部に残留していたことから見ると、被告病院において原告の手術をするに際し、医師側に手術用具等の点検に万全を期する点や異物が体内に残留しないように注意する点において欠けるところがあつたものと認めるのが通常である。

また、前記のとおり、キュンチャー釘がさかさまに挿入されたことも被告の医師の手術に臨む態度に綿密さを欠いたものがあつたと認めるのが普通である。

以上のように被告病院の手術において前記のような諸々の不備があつたことは、結局被告病院の医師に手術に当つて一般に細心、厳密な注意を払う点において欠けるところがあつたものといわざるを得ないから、従つてまた右手術に際して化膿を未然に防止するための手術用器具の消毒等の措置―医師が本件の如き手術に際し、かかる措置をして骨髄炎を未然に防止する義務があることは当事者間に争いがない。―においても通常医師に要求される周到さ、綿密さを欠いたものと推認せざるを得ないところである。

従つて、原告の手術部にブドウ球菌が侵入したのは、被告病院の医師においてブドウ球菌の付着した手袋片を手術創内に挿入、残置した過失によるものか、或いは消毒不完全な手術用具等を使用した過失によるものというべきである。

六原告の骨髄炎治療の経過と後遺障害

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和四三年一一月五日まで掛川病院に入院していたが、同日静岡済生会病院に転じ、同病院に昭和四四年七月一〇日まで入院し、更に同日厚生年金湯河原整形外科病院に転じ、昭和四五年八月一八日まで同病院に入院し、その後は昭和四六年五月一六日頃まで同病院に通院(なお、退院後は昭和四六年四月二七日頃まで掛川病院にも通院)していたが、その頃再度源河原の右病院に入院し同年五月三〇日まで入院していたこと。

(二)  原告は掛川病院において昭和四三年五月一三日化膿部を切開して局所持続点滴灌流法による傷の洗滌を、同年八月一九日キュンチャー釘を挿入して骨移植をする手術を、同年九月二七日膿をとる手術を受け、更に静岡済生会病院において同年一一月二九日キュンチャー釘を抜去する手術を、昭和四四年二月二八日化膿部を切開して病巣廓清をし、偽関節部の中を洗滌する手術を、同年六月キュンチャー釘の刺入点の排膿手術を、また前記湯原の病院では昭和四四年一二月二五日頃骨折部を固定するプレートを同所に挿入する手術を、昭和四六年五月二〇日頃同プレートを除去する手術を受けたこと。

(三)  原告は右骨髄炎のためと度重なる手術のためとにより、退院後は左下肢の7.5センチメートルの短縮と左膝関節部屈曲障害(屈曲可能範囲は二五度)を残したままとなり、その回復は不可能となつたこと、また原告は左足短縮のため背骨が曲つて背筋が痛み、足を迅速に動かすことはもとより、長く歩くこともできず、長時間立つていることも苦しい状態となつたこと。

(四)  そのため掛川病院医師金子孝は昭和四九年二月一八日原告につき身体障害者福祉法別表四左に掲げる肢体不自由の1一上肢、一下肢又は体幹の機能の著しい障害で、永続するものに該当すると認定し、静岡県も同じく右の別表四の肢体不自由と認定したが、その理由を右四の6前各号に掲げるものの外、その程度が前各号に掲げる障害の程度以上であると認められる障害に該当するとしていること。

(五)  骨髄炎は一旦かかると完治しにくい病気であつて、原告も骨髄炎再発の虞なしとはいえないこと。

以上のように認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

七被告病院の医師の過失による原告の損害と被告の責任

前認定のとおり、被告の使用する医師が原告を手術するに際し、過失があつたため、原告が骨髄炎にかかつたのであるから、これにより原告の蒙つた損害は被告においてその責に任ずべきものである。

そこで、右による原告の損害を算定することとなる。

(一)  休業による損害

(1)  〈証拠〉によれば、被告病院において医師から原告の当初の交通事故による負傷は三ケ月くらいで治るといわれたことが認められるから原告の交通事故より半年以上を経過した昭和四三年七月一日以降の原告の入通院は専ら骨髄炎に罹患したが故の入通院と認めるのが相当である。

(2)  〈証拠〉によれば、原告は昭和四一年三月高校を卒業したが、その卒業前から本件交通事故に遭うまで名工建設株式会社(静岡支店)に軌道工として勤務し、主として東海道新幹線掛川地区の道床交換作業に従事していたこと、昭和四二年三月一日から同年一〇月末日までの八ケ月間に一五六日勤務し、合計金二六万七、七二五円の支給を受けたことが認められる。

なお、〈証拠〉によれば、原告は名工建設株式会社勤務の傍、その休みのときに運送会社の手伝をしていたことが認められるが、これによる収入が少なくともこれだけは間違いがないと認めるに足りる証拠がないので、前記認定事実に依拠して判断する外はない。

右事実によると、原告の交通事故前の月の平均収入は金三万三、四六五円(円未満切捨て)となる。

前認定のとおり、原告は昭和四六年五月末日までは入院(その間昭和四五年八月一五日から昭和四六年五月一六日頃までの通院期間があるが、成立に争いのない甲第一五号証および原告本人尋問の結果(第一回)によれば、その間殆んど毎日掛川病院に行きマツサージや膝の訓練を受けていたことが認められるから、その間も労働が不可能であつたと認めるのが相当である。)していたから、昭和四三年七月一日から昭和四六年五月末日までの休業による原告の損害は金一一七万一、二七五円となる。

(二)  労働能力の喪失による損害

(1)  〈証拠〉によれば、原告は最終的に退院した後は、姉の経営する食堂兼菓子販売業を手伝つているが、手伝うといつても前記認定の後遺障害のため、電話の応答、仕入れたものの計算、皿洗い、腰かけて野菜を切るなどの雑用しかできないこと、姉から小遣い銭を貰うなど生活の一切の面倒を見て貰つていることが認められる。

(2)  前記認定のとおり、原告は身体障害者福祉法別表の四級に該当する後遺障害を残しているが、右にいう四級は労働基準法施行規則別表第二、自動車損害賠償保障法施行令別表に当てはめると、それぞれの第七級にほぼ該当するが、後二者の別表第七級に該当する身体障害による労働能力の喪失は、昭和三二年七月二日付基発第五五一号労働省労働基準局長発各都道府県労働基準局長あて「労災保険法第二〇条の規定の解釈について」と題する通達によれば、五六%とされている。

(3)  〈証拠〉によると、原告は交通事故に遭うまでは東海道新幹線の道床交換という肉体労働に従事していて、他に特別技能を有しないこと、また原告は現在年令二六才(昭和二二年七月一日生)であつて、そろばんや簡単な伝票の整理や記帳ができ、座つてする仕事ならばでき得ないわけではないこと、またクラッチ不要の自動車なら運転ができ、かつ、運転免許を有していることが認められる(ただし、前記身体障害の程度から見て自動車運転手となることは不可能と認められる。)。

以上の諸事情を総合すると、原告の労働能力の喪失程度は五〇%と見るのが相当である。

(4)  (昭和四六年六月一日から昭和四九年二月末日までの損害計算)

〈証拠〉の賃金センサス全産業全男子労働者平均給与額によると、原告のような新制高校卒業程度の二〇歳から二五歳までの一般男子の昭和四六年六月一日から昭和四九年二月末日までの間における得べかりし収入は、少くとも月三万五、〇〇〇円と認められるから、これによれば右の期間(三三ケ月)における原告の労働能力五割喪失による損害は五七万七、五〇〇円となる。

(5)  〈証拠〉によれば、原告は昭和四二年三月から同年一〇月までの八ケ月間に名工建設株式会社に一五六日(月平均19.5日)稼動していたこと、および原告が通常の身体で同社に勤務していたとすると、昭和四九年三月当時は少くとも、一日当り賃金五、六〇〇円を得ることができたことが認められる。

従つて原告の同社勤務時代の実績から見ると、原告が昭和四九年三月以降も同社に勤務していたとすると、月に少くとも金一〇万円の収入があつたと認めるのが相当である。

原告は、前認定のとおり現在二六歳であつて、原告のような肉体労働者は特段の主張、立証のない以上、六〇歳まで就労可能であると認めるのが相当である。

当裁判所は逸失利益現価の算定方法としては、ライプニツツ方式が最も合理的と考えるので、この方式を採用するが、この方式によると、三四年の係数は16.1929となるので、原告の昭和四九年三月以降三四年間の労働能力五割喪失による損害は九七一万五、七四〇円となる。

(三)  治療費

(1)  〈証拠〉によれば、原告は静岡済生会病院に対し昭和四三年一一月五日から昭和四四年七月一〇日までの入院費用として少くとも合計金二三万四、七〇〇円を支払つたことが認められる。

(2)  〈証拠〉によれば、原告は厚生年金湯河原整形外科病院に対し入院費、治療費として少くとも金二四万円を支払つたことが認められる。

(3)  〈証拠〉によれば、原告は掛川病院に対し昭和四五年八月二〇日から昭和四六年四月二七日までの治療費として少くとも金八、九〇〇円を支払つたことが認められる。

(4)  以上の原告の支出した治療費の合計は金四八万三、六〇〇円となる。

(四)  慰藉料

前記六で認定したとおり、原告は昭和四三年七月より起算して昭和四六年五月三〇日までの二年有余の間入院、通院の生活を続け、その間骨髄炎治療のため多数回の手術を受けざるを得なかつたが、結局前認定の後遺障害を残したままとなつたことなど本件で認定された一切の事情を斟酌して原告の骨髄炎罹患を原因とする諸々の精神的苦痛は金二〇〇万円の支払をもつて慰藉さるべきものと認めるのが相当である。

(五)  弁護士費用

〈証拠〉と弁論の全趣旨によれば、原告は本件損害賠償請求のため弁護士である原告訴訟代理人に訴訟追行を委任し、着手金として金三〇万円を支払い、訴訟終了後金一〇〇万円の報酬を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経過、認容額に鑑み昭和四五年一二月一五日の現価において本件被告病院の医師の過失と因果関係のある損害と見るべき金額は金七〇万円と見るのが相当である。

(六)  損害の総額

以上の各項目の認容損害額を合計すると、その総額は金一、四六四万八、一一五円となる。

八むすび

以上により、原告の被告に対する本訴請求は、金一、四六四万八、一一五円および内金一、一七九万八、〇〇〇円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年一二月一六日から、残金二八五万〇、一一五円に対する請求拡張の書面送達の翌日である昭和四九年三月一二日から完済にいたるまで年五分の割合による遅延利息の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余を棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(大塚正夫 宍戸達徳 坂本慶一)

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